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建築

今の美術館が蓄積された場所―青森

美術館の変遷/ ACAC /十和田/弘前/県美/八戸/美術館の蓄積

八戸市美術館館長(建築家、日本大学理工学部建築学科教授) 佐藤慎也

歴史性をもった美術館
弘前れんが倉庫美術館

アーティストが現地に赴いて制作するインスタレーション作品を考えたとき、その展示空間には、特徴のない中性的なホワイトキューブだけでなく、むしろ個性をもった展示空間のほうが、制作のための手がかりとなる場合があります。近年になって増加してきたコンバージョンによる美術館、つまり、美術館として計画されたわけではない建築物を美術館として再活用することは、個性の上に歴史性を兼ね備えた展示空間を生み出すものとなります。例えばJ. P. クライフス改修設計の「ハンブルガー・バーンホフ現代美術館」(1996)は、元駅舎の大空間に白い壁を加えることにより、歴史性とともに、駅舎ならではの構造体や窓をもった個性的な展示室をつくり出しています。他にも、火力発電所を改修したヘルツォーク&ド・ムーロン設計の「テート・モダン」(2000)や、商品取引所を改修した安藤忠雄設計の「ブルス・ドゥ・コメルス」(2020)などがあります。

2020年に開館した「弘前れんが倉庫美術館(以下、弘前れんが美)」もまた、煉瓦倉庫をコンバージョンした美術館です。1907年から1923年にかけて酒造工場として建設された煉瓦造による建築物は、倉庫としての利用を終えて、美術館としての再活用が検討されるなかで、2002年に奈良美智の個展会場として用いられたことをきっかけに再活用の実現へと向かっていきました。建築物に対する法律は時代によって変化しており、建設時には要件を満たしていた構造や設備であったとしても、その建築物を本格的に再活用する際には、現在の法律に適合するように改修を行う必要があります。とは言え、再活用される理由は元の建築物の魅力にあるわけなので、大幅な変更は避け、現代が要求する機能や構造を確保するための最小限の改修に留める必要があります。その結果、煉瓦を積み上げた壁と、鉄骨や木を架け渡した屋根に対して、外観からは目立つことのない適切な構造補強が行われることになりました。

酒造工場として建設された煉瓦倉庫 写真提供:福嶋家
「YOSHITOMO NARA + graf A to Z」(2006)
写真提供:NPO法人 harappa

「弘前れんが美」は、PFI事業の公募によって、スターツを代表とするグループが優先交渉権者に選ばれ、その一員として田根剛が改修設計を手がけました。田根は、コンペで勝ち取った「エストニア国立博物館」(2016)をD. ドレル、L. ゴットメとともに手がけて注目を浴び、「国立競技場」の国際デザイン・コンクールでも11名のファイナリストに選ばれています。

「弘前れんが美」の外周をめぐる壁には、内外部ともに建設当初の煉瓦がそのまま用いられています。それを現在の構造的な要求に適合させるために、壁面内に貫通させた鋼棒にテンションを加えることで強度を高めるなど、現代的な技術を用いた工夫が施されています。そして、展示室を構成するために新設された壁は白やグレーに塗られているものの、元の煉瓦による壁、しかもそれは内部にコールタールが塗られていたために真っ黒である壁が、展示空間にあらわれることになります。新築の美術館を計画する際に、わざわざコールタールの壁を展示空間に採用することがあり得るでしょうか。これは、100年という時間のなかで、建設当時の建築技術やデザインとともに、それぞれの時代が要求した工場や倉庫としての役割が生み出したものです。美術館は、それを継承して、ただ利用しているだけなのです。だからこそ、コールタールが塗られた煉瓦を展示壁面の仕上げとしてそのまま用いることが、新築では手に入れることが難しい、歴史性をもった魅力ある展示空間をつくり出すことになるのです。

一方で、再活用における改修では、元のものを残す部分と対比させるように、新しい造形や素材を追加させることもまた必要となります。そのことは、改修する時代の建築技術とデザインを反映させることを意味しています。「弘前れんが美」では、独自の方法により煉瓦を積んだドーム型のアーチをもつ入口と、軽量化のためにチタン製の金属板を用いたシードル・ゴールドに輝く屋根に、現代的な建築技術とデザインがあらわれています。「弘前れんが美」は、まちの風景をつくり出してきた煉瓦の外観を継承するだけでなく、内部にも歴史の経過による魅力的な展示空間を生み出した、本格的なコンバージョンによる美術館なのです。

撮影:小山田邦哉
©︎Naoya Hatakeyama

PROFILE

佐藤慎也

日本大学理工学部建築学科教授 建築家

1968年東京都西東京市生まれ。1992年日本大学理工学部建築学科卒業。1994年同大学院理工学研究科博士前期課程建築学専攻修了。1994~95年I.N.A.新建築研究所。1996年~日本大学理工学部建築学科。現在、同教授。一級建築士。博士(工学)。
2006~07年ZKM(カールスルーエ・アート・アンド・メディアセンター)展示デザイン担当。2016~17年八戸市新美術館建設工事設計者選定プロポーザル審査委員会副委員長、2017~21年同運営検討委員会委員。2021年~八戸市美術館館長。
専門は芸術文化施設(美術館、劇場・ホール)の建築計画・設計。そのほか、アートプロジェクトの構造設計、ツアー型作品の制作協力、まちなか演劇作品のドラマトゥルクなど、建築にとどまらず、美術、演劇作品制作にも参加。
建築には、「アーツ千代田 3331」改修設計(メジロスタジオと共同、2010年)など。美術・アートプロジェクトには、『+1人/日』(2008年、取手アートプロジェクト)、「としまアートステーション構想」策定メンバー(2011~17年)、「長島確のつくりかた研究所」所長(2013~16年)、『←(やじるし)』プロジェクト構造設計(長島確+やじるしのチーム、2016年、さいたまトリエンナーレ)、『みんなの楽屋』(あわい~、2017年、TURNフェス2)など。演劇には、『個室都市 東京』ツアー制作協力(高山明構成・演出、2009年、フェスティバル/トーキョー)、『アトレウス家シリーズ』(2010年~)、『境界を越えて アジアシリーズのこれまでとこれから』会場構成・演出(居間 theaterと共同、2018年、フェスティバル/トーキョー)など。