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建築

今の美術館が蓄積された場所―青森

美術館の変遷/ ACAC /十和田/弘前/県美/八戸/美術館の蓄積

八戸市美術館館長(建築家、日本大学理工学部建築学科教授) 佐藤慎也

場所性をもった美術館
青森県立美術館

既存建築物をコンバージョンすることなく、その展示空間の質を新築の美術館において実現する方法を模索したものが、2006年に開館した「青森県立美術館(以下、青森県美)」です。「青森県美」は、公開コンペによって、393件の応募から青木淳が設計者に選ばれました(このコンペは、今では世界的に活躍する建築家の藤本壮介が2等に選ばれ、世間の注目を集めるきっかけとなったことでも記憶されています)。青木の提案における最大の特徴は、敷地に隣接する三内丸山遺跡の発掘現場を手がかりとした、土による床と壁をもった展示室です。

青木は、磯崎のもとで、美術館と劇場、室内楽ホールを複合した「水戸芸術館(以下、水戸芸)」(1990)の設計に携わっていました。その磯崎は、「群馬県立近代美術館」(1974)をはじめとする多くの国内外の美術館を手がけており、「水戸芸」設計の頃は、「ロサンゼルス現代美術館」(1988)の設計によって確立させたホワイトキューブによる美術館を日本において展開していた時期に当たります。その意味で、青木が担当した「水戸芸」の現代美術ギャラリーは、日本において実現した本格的なホワイトキューブの先駆けでした(その後、磯崎は、「奈義現美」を設計することになります)。青木は、独立後、「潟博物館」(1997)などの個性的な博物館を手がけたほか、近年は「京都市京セラ美術館」(2019)を西澤徹夫とともに手がけています(さらに青木は、設計者でありながら館長もつとめています)。

そんな青木による土を用いた展示室は、ホワイトキューブを熟知していた青木だからこそ提案できた、場所を含み込んだ美術作品への応答と言うべき、場所性をもつ展示空間への提案でした。一方で、この美術館にはホワイトキューブによる展示室も併存しており、その組み合わせが、この美術館の魅力となっています。そのことは、「青森県美」が郷土作家を中心に国内外の近・現代美術作品をコレクションしていることから、常設展と企画展の双方への役割が要求されていたこととも関連するでしょう。

トレンチに2つの白い構造体が被さり、複雑な空間を生み出している展示室
ワークショップ前廊下:展示室Hへ続く白い壁面が床から15cm浮いている

建築物全体の構成としては、その場所でしか実現できない(実現しても意味がない)発掘現場をイメージしたトレンチ(壕)状の地面の凹みに対して、下面に凹凸のある白い箱が上から覆い被さることで、その隙間に土の展示室、箱の内部にホワイトキューブを生み出しています。その結果、水平に移動する観客の視点から見ると、白い箱(壁や天井)に覆われた土(床や壁)の展示室と、ホワイトキューブの展示室が、交互にあらわれることになります。トレンチに白い箱が覆い被さる関係は、土の床と白い壁の設置面が、ほんの少しだけ隙間をもってつくられていることにより読み取ることができます。実際に展示室内を歩くとき、迷路のような複雑な空間を体験することになりますが、全体の構成を意識しながら見てまわると、その空間をつくり出しているルールに気がつくことになるでしょう。他にも、バレエ「アレコ」のためにシャガールが描いた3枚の大きな舞台背景画をコレクションしていますが、それらを展示するための「アレコホール」もまた、土の床と白い壁をもつ巨大な展示室です。

アレコホール

また、土を突き固めて壁に用いる技術は「版築」と呼ばれ、それ自体は古代から使われているものですが(一方の床は「三和土」と呼ばれる)、それを展示壁面に用いるとなると話が変わります。ホワイトキューブの壁に一般的に用いられる材料の石膏ボードは、絵を架けるための釘やビスの跡を埋めて上からペンキで塗れば、新品同様に補修することができます。一方で土の壁は、いくらていねいに補修したとしても、その跡は明らかに残ってしまいます。しかし青木は、むしろその展示が積み重なった結果にできる痕跡を「パッチワークのような味が滲み出していく」(青森県立美術館ホームページより)ものと説明しています。すべてが元に戻ってしまう中性的なホワイトキューブに対するものとして、時間の痕跡が残る仕上げとして、床と壁に土が選ばれています(この痕跡に対する考え方は、煉瓦を白く塗った外観にも共通しています)。縄文遺跡が隣接している特別な立地を活かし、その応答から発想された土の展示室は、ホワイトキューブを意図的に乗り越えるためのひとつの解答なのです。

PROFILE

佐藤慎也

日本大学理工学部建築学科教授 建築家

1968年東京都西東京市生まれ。1992年日本大学理工学部建築学科卒業。1994年同大学院理工学研究科博士前期課程建築学専攻修了。1994~95年I.N.A.新建築研究所。1996年~日本大学理工学部建築学科。現在、同教授。一級建築士。博士(工学)。
2006~07年ZKM(カールスルーエ・アート・アンド・メディアセンター)展示デザイン担当。2016~17年八戸市新美術館建設工事設計者選定プロポーザル審査委員会副委員長、2017~21年同運営検討委員会委員。2021年~八戸市美術館館長。
専門は芸術文化施設(美術館、劇場・ホール)の建築計画・設計。そのほか、アートプロジェクトの構造設計、ツアー型作品の制作協力、まちなか演劇作品のドラマトゥルクなど、建築にとどまらず、美術、演劇作品制作にも参加。
建築には、「アーツ千代田 3331」改修設計(メジロスタジオと共同、2010年)など。美術・アートプロジェクトには、『+1人/日』(2008年、取手アートプロジェクト)、「としまアートステーション構想」策定メンバー(2011~17年)、「長島確のつくりかた研究所」所長(2013~16年)、『←(やじるし)』プロジェクト構造設計(長島確+やじるしのチーム、2016年、さいたまトリエンナーレ)、『みんなの楽屋』(あわい~、2017年、TURNフェス2)など。演劇には、『個室都市 東京』ツアー制作協力(高山明構成・演出、2009年、フェスティバル/トーキョー)、『アトレウス家シリーズ』(2010年~)、『境界を越えて アジアシリーズのこれまでとこれから』会場構成・演出(居間 theaterと共同、2018年、フェスティバル/トーキョー)など。