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建築

今の美術館が蓄積された場所―青森

美術館の変遷/ ACAC /十和田/弘前/県美/八戸/美術館の蓄積

八戸市美術館館長(建築家、日本大学理工学部建築学科教授) 佐藤慎也

人を中心とした美術館
八戸市美術館

近年の芸術祭やアートプロジェクトに見られる美術作品において、その地に住む人々とのコラボレーションが行われることで、制作のプロセスが重視された、創作するアーティストと鑑賞する市民という一方的な関係にとらわれないあり方があらわれています。さらに、パフォーマンス的とも呼べるような、人の身体を含み込んだ美術作品が見られるようになり、そのこともまた美術館や展示空間に影響を与えていくでしょう。
現在の「八戸市美術館(以下、八戸市美)」の開館は2021年ですが、組織としての美術館は1986年からはじまっています。開館当時の旧美術館は、税務署であった建築物を再活用したものでしたが、それは必ずしも先に述べたコンバージョンによる美術館のような歴史性を獲得していたものではなく、一般的なオフィス空間を再活用したものに過ぎませんでした。その施設の老朽化による問題から、敷地を拡張した美術館の建て替えが行われました。
「八戸市美」は、設計者を選定するプロポーザルによって、138件の応募から西澤徹夫、浅子佳英、森純平が設計者に選ばれました。西澤は、青木のもとで「青森県美」の設計に携わっており、独立後も「京都市京セラ美術館」を共同で設計しています。西澤単独では、「東京国立近代美術館所蔵品ギャラリーリニューアル」(2012)のほか、美術館における展覧会の会場構成を数多く手がけています。浅子は、建築だけに留まらずに出版も手がけるなど、その活動はさまざまなデザインやリサーチの領域に広がっています。そして森は、アーティスト・イン・レジデンス「PARADISE AIR」の運営や「たいけん美じゅつ場VIVA」(2019)の基本設計・運営など、美術の場を中心とする活動を行っています。
「八戸市美」では、旧美術館から継承されるコレクションと、地域資源を活用したアートプロジェクトを統合した結果、アートセンターとしての機能を併せもった美術館像が基本構想で示されました。それに対する西澤・浅子・森の提案は、「ジャイアントルーム」と名づけた巨大な部屋と、それを取り巻く専門的な個室群によって構成されたものでした。

個室群は、多様な現代の美術表現に対応できるように、さまざまな広さや天井高さをもち、壁は白やグレー、黒、茶(素材は石膏ボードや合板)、床はフローリングやコンクリート、カーペットといったように、色や仕上げまでもがさまざまであり、それらの組み合わせによって各室は異なる性能を獲得しています。ホワイトキューブによる展示室、映像のために暗転する展示室、吸音や遮音が施された展示室、楽屋・控室が隣接する展示室など、それぞれに特徴をもつ個室が、数珠つなぎに並んでいます。それらは、「八戸市美」が八戸に関わる美術作品を中心にコレクションしながらも、企画展から市民による展示まで幅広く使われることを、実現させるための個室群となっています。

ホワイトキューブ
ブラックキューブ
スタジオ

一方で、それらをつなぎ合わせるように中央に配置されたジャイアントルームは、これまでの美術館からすると、エントランスホールのように見えるかもしれません。しかし、そこにはレール上を移動する大きな収納棚と、吊り下げられた縦長のカーテンが用意され、活動に応じてさまざまな広さに部屋を区切ることができます。そこは、人を含み込んだ作品への応答という視点からすると、そんな美術作品のための展示室と捉えることができます。これまでの展示空間が「もの」としての作品に焦点を当てたものだとすると、そこでは人の活動によって生み出される「こと」としての作品に焦点が当てられ、活動する人の居心地が優先されています。上方のハイサイドライトから入る自然光、徹底した吸音効果をもつ壁とカーテン、名前のとおり広くて天井が高い巨大な空間は、さまざまな活動を同時に成立させる包容力をもっています。

美術館が、美術作品、建築デザイン、社会の3つが交錯した点にあらわれることを思うと、人を含み込んだ美術作品、控え目でありながら機能的な建築デザイン、多様な人々へ開くことを目指した社会から導き出された「八戸市美」は、美術館の歴史を更新するものと言えるかもしれません。

写真:©Daici Ano

PROFILE

佐藤慎也

日本大学理工学部建築学科教授 建築家

1968年東京都西東京市生まれ。1992年日本大学理工学部建築学科卒業。1994年同大学院理工学研究科博士前期課程建築学専攻修了。1994~95年I.N.A.新建築研究所。1996年~日本大学理工学部建築学科。現在、同教授。一級建築士。博士(工学)。
2006~07年ZKM(カールスルーエ・アート・アンド・メディアセンター)展示デザイン担当。2016~17年八戸市新美術館建設工事設計者選定プロポーザル審査委員会副委員長、2017~21年同運営検討委員会委員。2021年~八戸市美術館館長。
専門は芸術文化施設(美術館、劇場・ホール)の建築計画・設計。そのほか、アートプロジェクトの構造設計、ツアー型作品の制作協力、まちなか演劇作品のドラマトゥルクなど、建築にとどまらず、美術、演劇作品制作にも参加。
建築には、「アーツ千代田 3331」改修設計(メジロスタジオと共同、2010年)など。美術・アートプロジェクトには、『+1人/日』(2008年、取手アートプロジェクト)、「としまアートステーション構想」策定メンバー(2011~17年)、「長島確のつくりかた研究所」所長(2013~16年)、『←(やじるし)』プロジェクト構造設計(長島確+やじるしのチーム、2016年、さいたまトリエンナーレ)、『みんなの楽屋』(あわい~、2017年、TURNフェス2)など。演劇には、『個室都市 東京』ツアー制作協力(高山明構成・演出、2009年、フェスティバル/トーキョー)、『アトレウス家シリーズ』(2010年~)、『境界を越えて アジアシリーズのこれまでとこれから』会場構成・演出(居間 theaterと共同、2018年、フェスティバル/トーキョー)など。