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2024.10.15
「具(つぶさ)に歩く」
第四回 まちのなかの美術
文:松本美枝子(写真家、美術家)

 今から3年ほど前。青森県にある青森公立大学 国際芸術センター青森(ACAC)で滞在制作が始まったばかりのころのことだ。ゴールデンウィーク明けに青森に入った私は、八甲田山系の雄大な自然に驚くばかりだった。目の前にはいつも高い山がある。そしてさっそく、この山の向こうにある十和田市現代美術館に行くことになった。ACACのすぐ前を通る国道103号(通称ゴールドライン)で山道を越えるのだという。

撮影:松本美枝子

 細く曲がりくねった山道を上がっていくと、至る所で盛大に水が流れているのに気づく。初めて見る青森の雪解け水だった。5月も半ばだというのに、山の中にはまだまだ分厚い雪が積もっていて驚いた。この雪が青森の象徴なのだなと思った。(雪の本当の大変さを知るのは、これから7ヶ月後になるのだが。)

撮影:松本美枝子

十和田市現代美術館に辿り着いて、館長の鷲田さん、学芸員の中川さん、見留さんが近所にお昼ご飯に連れて行ってくれた。食べながらまちなかに散らばるコレクションや企画展作品の見どころなどを聞いて、まずは街へと繰り出した。

この美術館の特色は国内外で活躍するアーティストによる見応えある企画展のほか、なんといってもまちなかにコレクションや企画展示がたくさんあることだ。
ちょうどこの時期は展覧会「インター + プレイ」展の第一期が開催されていた。美術館が “アートを通じて人と人、人とまちが出会う、インタープレイ(相互作用)の現場であり続け、本展は、その精神を体現するもの”という通り、館の中と外にはさまざまな展示が広がり、それを行き来するしかけなのだ。

なかでも現代アートチーム・目[mé]による作品《space》は、まちなかの古びた建物の中に、真っ白な空間が突然浮かんでいるような作品で、驚いた。もとの空間と全く違うものが街のなかに浮かんでいて、その中に自分も含まれているような感覚なのだが、でもずっとここにいられるなと思えるふしぎな空間だった。展覧会が終わった今もここが美術館のサテライトスペースとして使われているのも、いいなと思う。
美術館に戻って館内の作品もじっくり鑑賞した。特にいつも注目して見ている津田道子さんのインスタレーションは、体験すると自分の感覚がおぼつかなくなるようになるのが面白く、何度も行ったり来たりして見てしまう。この作品そのものも、街と美術館を行ききし、新しい作品を見て胸を撃たれる時の気持ちに、なんとなく似ているような気がした。

  目[mé]《space》2020年 撮影:小山田邦哉
撮影:松本美枝子

さて美術館を後にし、青森市に帰る前に、もう一度、街を歩くことにした。ACACの人たちから、ぜひ見に行くといいよ、といわれていたお店に行きたかったのである。それが美術館の近くにあるお茶屋さん「松本茶舗」だった。こちらの店主、松本さんは十和田市現代美術館に関わってきた多くのアーティストとの交流があり、店内のあちこちで美術館ゆかりの作家たちの作品が見られる穴場なのだという。そして運が良ければ松本さんから直接、作品を解説してもらえるかもしれないという。
お店にいくと松本さんがいて、丁寧にお店にある作品を紹介してくれた。自己紹介すると「同じ松本ですね」とにっこりされた。店内には、食器などが所狭狭しと並んでいるが、驚くことにそのなかに毛利悠子さんのインスタレーションが置かれている。松本さんに誘われるままちいさな階段を降りると、地下に栗林隆さんのインスタレーションが置かれていて、また驚いた。

撮影:松本美枝子

それから今も、ごくたまにだけど、松本さんとやりとりしている。私のACACでの個展のオープニングには、松本さんの代わりに、妻のえみこさんが見に来てくれた。しかも私の茨城の古い友人と一緒に訪れて、それもまたびっくりした。聞けばアートが大好きで青森県も大好きな友人は、十和田にはよく行くそうで、特に松本茶舗さんとは以前から大の仲良しらしい。

友達が青森が大好きだということを、私は実はそれまで知らなかった。でも自然が美しく、すてきな美術館があり、不思議で楽しいお店があって、そこの人たちと仲良くなったら、遠くても十和田の街に通うよね、と私は納得した。
そして久々に私の展示をみるために、友達は私には内緒で恵美子さんを誘って、初日にはるばる茨城から青森まできてくれたというわけだった。世間は狭い。

友達は「そういうば松本さんと松本さんは同じ苗字だし、美枝子さんと松本えみこさんは一字違いですねえ」と笑った。


松本美枝子

写真家、美術家。人々の日常、人間や自然の「移動」をテーマに、写真とテキスト、映像による作品を発表している。近年では拠点「メゾン・ケンポク」を企画運営し、地域に場を開きながら、活動拠点の茨城でリサーチ過程を共有しながら自主プロジェクトを展開する。また主な展覧会に個展「ここがどこだか、知っている。」(ガーディアン・ガーデン、東京、2017年)「ヨコハマ・パラトリエンナーレ」(横浜、2020年)など。2021年度、国際芸術センター青森で長期の滞在制作中であり、2022年度春に個展「具(つぶさ)にみる」を開催予定。著書に写真詩集『生きる』(共著:谷川俊太郎、ナナロク社、2008年)など。