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「ACACの写真部」集合写真
撮影:松本美枝子
2022.03.08
「具(つぶさ)に歩く」
第一回 「ACACの写真部」が始まった。
文:松本美枝子(写真家、美術家)

 私が、青森と自分の拠点がある茨城とを、行ったり来たりするようになってから、7ヶ月が経つ。昨年の5月から国際芸術センター青森(ACAC)で、断続的に長期滞在制作し、展覧会を行うプログラムに参加しているからだ。そして作品制作をしながら、青森の人たちとともに「ACACの写真部」という、長期のワークショップを行っている。

 滞在制作が始まる前に、青森でどんなことができるのだろうか? ということを、キュレーターの村上綾さんと話しあった時のこと。そのなかで「ACACと青森の町をつなぐ新しいコミュニティを、一緒につくれないだろうか」という話になった。着地点は何も決めずに、とりあえず青森の人たちと「場」を開くことから始めてみようか、と私たちは語り合った。

 ACACは雄大な自然の中に、建築家の安藤忠雄さんが設計した展示棟、創作棟、宿泊棟の3つの建物を擁して、滞在制作、展覧会、教育普及など現代美術の多様なプログラムを発信するアートセンターである。私たちアーティストにとっては、この建物をフルに使って制作やリサーチに集中して滞在できるのが、ACACの最大の魅力だろう。

 ところでこの創作棟には、立派な写真スタジオと暗室があるのだが、フィルム文化が廃れた今、ほとんど使われていないのだという。時が止まった暗室を見て、私はふと「この暗室を生き返らせてみようかな」と思いついた。まずは自分の暗室機材を全てACACへ移動し、ここでカラープリントのワークショップができるように整備する。そしてゆくゆくは誰もが自由に暗室を使えるシステムを整えたら、創作棟に写真が好きな人たちが集うようになるかもしれない……。
 話はトントンと進み、技術員の柳谷航野さんとともに暗室の整備が始まった。

 それと同時に「ACACの写真部」の部員を募集した。市内からだけでなく八戸や弘前からも10人ほどが集まった。青森公立大学の学生や卒業生、印刷会社やラジオ局、新聞社などに勤務する、「写真」というメディアに人一倍思い入れがある人ばかりだ。

 まずはお互いの作品や、好きな写真集、さらにはACACの展覧会を、村上さんや私とともに鑑賞することを重ねた。二回目の滞在からは、暗室でのカラープリントのワークショップも始まった。公立大学の藤本くんや蛯名くん、記者の吉田さんは、初めての現像作業がいたくおもしろかったようで、その後、積極的に暗室を使ってくれるようになった。

 そして長く青森にいるうちに、私と写真部員の関係性も少し変わってきた。それぞれが、私の滞在制作にも関わってくれるようになったのだ。特に公立大のみくちゃんと、ラジオパーソナリティのまもさんは、私の作品制作に協力者として関わってくれている。

 すてきな写真を撮る濱中さんは、学生たちや私に、いつも気になる資料を見せてくれる写真仲間だし、かれんちゃんは、宿泊棟に郷土料理を作りに来てくれたこともあった。当時、滞在していたアーティストの北條知子さんや村上美樹さんも一緒に、おいしいじゃっぱ汁や子和え、アップルパイをいただいたのは、楽しい思い出だ。

 アートセンターに開いた部活動「ACACの写真部」は、こうしてひっそりと始まり、そして熱く続いている。

 ACACに「写真部」という場所を作っておけば、展覧会が終わっても、私はずっと青森に関わることができるかもしれない。実はそんなことも、ちょっと考えている。これは単なるワークショップではなく、青森に新しい「場所をひらく」という実験でもあるのだ。もしかしたらこの実験は、やがてACACと写真部員と私の「作品」になっていくかもしれない。そんなふうにも思っている。

 さて、私が4月16日から行う、ACAC での展覧会のタイトルは《具(つぶさ)に見る》という。「具」には、「詳しく」とか「もれなく、ことごとく」という意味がある。そして同じ時期に「ACACの写真部」も、青森の駅前スクエアでグループ展を行う予定だ。街とACACを、写真と人でつなぐ、その第一歩だ。

〈ことごとく〉というのは、一聞すると大変に思えるかもしれない。でも結果や着地点は考えずに、とにかく自分が知りたいこと、見たいものを「全部見る」というのは、気楽なことでもあるだろう。そんな気持ちでこの7ヶ月間、青森の各地を〈具〉に、歩いてきた。この断続的な旅は、青森の雪が溶ける頃まで、まだしばらく続く。

創作棟での「ACACの写真部」の様子 
写真提供(3点):青森公立大学 国際芸術センター青森
宿泊棟で郷土料理を作ってくれた写真部員のかれんちゃん 
撮影:松本美枝子
郷土料理じゃっぱ汁と子和え 
撮影:松本美枝子

松本美枝子

写真家、美術家。人々の日常、人間や自然の「移動」をテーマに、写真とテキスト、映像による作品を発表している。近年では拠点「メゾン・ケンポク」を企画運営し、地域に場を開きながら、活動拠点の茨城でリサーチ過程を共有しながら自主プロジェクトを展開する。また主な展覧会に個展「ここがどこだか、知っている。」(ガーディアン・ガーデン、東京、2017年)「ヨコハマ・パラトリエンナーレ」(横浜、2020年)など。2021年度、国際芸術センター青森で長期の滞在制作中であり、2022年度春に個展「具(つぶさ)にみる」を開催予定。著書に写真詩集『生きる』(共著:谷川俊太郎、ナナロク社、2008年)など。