「開かれた美術館建築 –キュレーターの視点から–」
十和田市現代美術館は、十和田市のまち全体を美術館に見立てたArts Towada計画の中核として2008年に建てられました。美術館の中だけではなく、前庭や向かい側の広場などの建物の周辺、さらに十和田市のまちなかにも作品が点在し、美術館とまちとの境界線をなくした「開かれた」美術館として存在しています。境界線をなくすという美術館のコンセプトは、西沢立衛氏が設計した建築にも反映されています。美術館は、大小さまざまなサイズの白い箱が集まって、一つの建物を構成しています。白い箱の展示室には大きなガラス窓があり、外からも中の展示を見ることができます。
道に向かって開く常設展示室
美術館内の常設展示室(屋上も含む)は13室あり、各展示室1室に1作品のみを展示しています。常設展示室はその作品のためだけにつくられた空間で、作品のサイズに合わせて大きさや外光の取り入れ方を調整しています。たとえば、韓国の作家ソ・ドホの《コーズ・アンド・エフェクト》は、美術館の外からは、光のように降り注ぐシャンデリアのような形を見ることができ、展示室の中では作品に包み込まれる体験や、細かいディテールを間近で鑑賞することができます。作品に近づくと、血のように濃い赤色が徐々に透明な色に変わっていく繊細なグラデーションや、無表情な人の形と向き合うことになります。展示室の中と外で鑑賞体験が異なるのも作品の特徴であり、展示室のつくりによってその特徴が際立ちます。他方、ハンス・オプ・デ・ベーク《ロケーション(5)》のように外光を遮断した閉じた空間が必要な作品の展示室は、道路の反対側に置かれています。
建物と建物の隙間にできた中庭
展示室の白い箱が角度を変え配置されることで、建物と建物の間にさまざまな空間ができます。その空間の一部は中庭とし、ヨーコ・オノの《念願の木》《希望の鐘》《三途の川》や、外壁と外壁の間には森北伸の《フライングマン・アンド・ハンター》を展示しています。この中庭は、屋内と屋外の間のような空間です。
階段やエレベーターなど展示室以外にも広がる展示
2階や屋上を結ぶ階段にはフェデリコ・エレーロの《ウォール・ペインティング》や、エレベータ内には山極満博の《あっちとこっちとそっち/ちいさなおとしもの》が展示されています。展示室以外の空間にも作品が浸透し、建築の機能を拡張しています。
透明な廊下
展示室と展示室を結ぶガラスの廊下は外光に溢れ、館内にいながら外に出たような開放感があります。ガラスでできた廊下ごしに展示室の中にいながら、次の展示室の様子を感じとることもできます。
変容する企画展示室
企画展示室は、高さ約5mの大きな空間であるギャラリー1や、高さ約2.4mの小さな空間のギャラリー2、高さ約4.4mのギャラリー3の3室があります。ギャラリー1は、常設展示室と同様に大きなガラス窓が特徴的な空間です。時間とともに移り変わる光を活かした展示ができる一方、窓を塞ぎ真っ黒に塗装して、両側の壁に映像を投影するなど、展示する作品によって閉じた空間にもなります。
カフェ&ショップ
床全面がマイケル・リンの《無題》の作品になっているこのスペースは、カフェとショップ、休憩室、ライブラリーの機能を持っています。ここは、無料で入れ、スウィーツや軽食も供されるため、市民の方や観光客が気軽に出入りして楽しめる場にもなっています。ここの壁面に企画展の作品を展示することもあります。このスペースでは、アーティストによるトークや、市民が主体の演奏会などのイベントも実施しています。
アート広場
アート広場は美術館前の通りをはさんだ向かい側にあり、草間彌生やエルヴィン・ヴルムなど5人の作家の7作品が展示されています。美術館開館2年後の2010年に完成し、市民が自由に楽しめるパブリックスペースで、子どもたちがお弁当を食べたり、芝生に寝そべっていたり、学生が集まり話をしていることもあります。夏には美術館主催の祭り「三本木小唄ナイト」を行いました。
最後に
建築とまちがつながることで、外の広場もまちそのものさえ、広い意味で美術館の一部と考えられます。さらに分棟式の白い箱がまちなかのさまざまな場所に点在していくことで、どこまでが「美術館の建築」なのかもわからなくなります。アートが国や世代、ジェンダーといった境界を超えてゆくように、美術館も建物のあり方によって、敷地を超えて拡張していることが感じられます。作品を収蔵して保管するだけの美術館から、地域に住まう人や訪れた人にとってより開かれた場へと変化していく美術館のあり方を建築が受け止め、その変化を促しています。
見留 さやか(みとめ さやか)
十和田市現代美術館学芸員。東京都出身。地中美術館に勤め、その後トータルメディア開発研究所を経て、2016年より現職。これまで担当した展覧会企画に「名和晃平 生成する表皮」(2022年)、「百瀬文 口を寄せる」(2022年-2023年)などがある。