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コレクション展展示風景
2025.07.14
「具(つぶさ)に歩く」
第五回 青森のひとたちとコレクション
文:松本美枝子(写真家、美術家)

 青森県立美術館、通称「県美」は、5館連携のなかで、私が滞在制作していたACAC から最も近い美術館だ。なので合計4回の滞在制作の間、時間があれば、ちょこちょこと見に行っていた。私にとって青森県内でいちばん身近な美術館だ。

2021年の秋。私は2回目の滞在制作で、3ヶ月ぶりにACACに戻ってきていた。青森の秋は雨ばかりで、色鮮やかだった5月に比べるとなんだか寂しい気持ちになった。まもなく厳しい冬が迫ってくるんだな、と素人ながら想像できた。

撮影:松本美枝子

 ちょうど県美で『あかし』という展覧会が始まったので、初日に見に行った。東日本大震災から10年という節目で「時代の趨勢から取りこぼされてゆくものに目を向けていく」という展覧会だった。特に写真家の北島敬三さんの作品を時間をかけて見た。北島さんの代表作で、一度別の美術館でも見たこともあったのだが、県美の土色の壁にかけられた作品群は、あの日の季節感も相まって、初めて見た時よりも強く印象に残った。私にとっても震災後から今もなお、その経験と作品制作を切り離して考えることはできないでいる。この展示からも、何かを忘れないでいようとする強い意志みたいなものに、刺激を受けたのだった。

次に県美に訪れたのは年が明けた2022年冬。この年の冬は記録的な大雪だったそうで、信じられないほどの分厚い雪が青森中を真っ白に覆っていた。 この連載を企画してくれた県美の職員さんに案内してもらった、とても楽しい一日だった。特に秋に見た「あかし」展を企画した学芸員の高橋さんに青森の写真作家たちやそのグループの歴史について伺うことができたのは、とても良い思い出である。

撮影:松本美枝子

さらにコレクション展を、学芸員の工藤さんに案内していただいてじっくりと見た。青森県はいわゆる「郷土作家」が、日本を代表する作家ばかりだ。そして青森の厳しくて美しい風土と作品が深く結びついている。それにしてもコレクションが充実している美術館は何度行っても楽しいものだ。特に棟方志功、成田亨などがとても見応えがあった。県美に行くと改めて「地方の美術館は、やはりコレクションにかかってるよな」と思う。郷土作家の魅力と、その美術館が時間をかけて積み上げてきたものが、はっきりと出るからだ。そして展示を通して、時にはそのまちやそこで生きる人々のこともさえも、思い浮かべることができる。

撮影:松本美枝子

そのなかでも、棟方志功に対する青森の人たちの思いは大変なものだ。県内の美術教育では、他県に比べて伝統的に版画制作が授業に組み込まれている、とも聞いていた。ACACの受付さんも「青森といえばやっぱり版画だからね!」とよく言っていたし、ワークショップ『ACACの写真部』に参加していた女の子も「やっぱり志功さんが大好きなんです」と言っていたっけ。

県美の収蔵品をじっと見ていると、この町の人たちが棟方志功を語る言葉が、頭の中に蘇ってくるのだった。

さて2022年の春、4回目の滞在を経て、ACACで自分の展覧会が始まった。青森にきてからちょうど1年が経っていた。会期末の6月には美学研究者の青田麻未さんとクロストークを行った。この日は、市内からたくさんの人が参加してくれたほか、県美の職員さんも聞きに来てくれた。

トーク後に、参加者との質疑応答があった。一人の女性客が手を上げて、何かを喋りだすうちに、突然号泣してしまった。会期中、私の展示を見にすでに何度もACACにきた、というその人は、つい最近夫を亡くしたということを泣きながら、みんなの前で話しだした。そして初めて私の作品を見た日に、夫を思い出してACACの受付でも泣いてしまったのだという。

実は私はこういう経験は初めてではなかった。よくわからないけれど、私の写真には、なぜか亡くなった人を思い出させる要素があるらしい。その人を慰めているうちに、質疑応答はあっという間に終わってしまった。

そんなことがあった個展の撤収も全て終わり、いよいよ青森を後にするときのこと。もう一度、県美に行っておこうと思い立ち、収蔵品を見に行った。棟方志功のコレクションの前で、ちいさな女性が背中を丸めてじっと佇んでいる。展示室には私とその人しかいなかった。

あれ、この人、なんだか見覚えあるな、と思ったら、ACACで大泣きしていたあの女性ではないか。思い切って声をかけると、とてもびっくりされたけど、この時は泣かれずに記念写真を取らせてもらった。まだ元気が出ないけれど、よくここに収蔵品を見にくるのだ、とその人は笑顔でそう言った。

棟方志功の作品の前で、まるでアインシュタインのように大きく舌を出して笑っている、その女性の写真が私の手元に残っている。みんなこの美術館の収蔵品が好きなんだわ。この写真を見るたびに、そう思う。何度も何度も見に行った青森県立美術館のなかで、私のいちばんの思い出だ。


松本美枝子

写真家、美術家。人々の日常、人間や自然の「移動」をテーマに、写真とテキスト、映像による作品を発表している。近年では拠点「メゾン・ケンポク」を企画運営し、地域に場を開きながら、活動拠点の茨城でリサーチ過程を共有しながら自主プロジェクトを展開する。また主な展覧会に個展「ここがどこだか、知っている。」(ガーディアン・ガーデン、東京、2017年)「ヨコハマ・パラトリエンナーレ」(横浜、2020年)など。2021年度、国際芸術センター青森で長期の滞在制作中であり、2022年度春に個展「具(つぶさ)にみる」を開催予定。著書に写真詩集『生きる』(共著:谷川俊太郎、ナナロク社、2008年)など。