建築

今の美術館が蓄積された場所―青森

美術館の変遷/ ACAC /十和田/弘前/県美/八戸/美術館の蓄積

八戸市美術館館長(建築家、日本大学理工学部建築学科教授) 佐藤慎也

美術館の変遷

美術館は、美術作品、建築デザイン、社会の3つが交錯した点にあらわれます。
世界最初の公立美術館である「ルーヴル美術館」が開館したのは1793年のことでした。それは、フランス革命によって、宮殿であった建築物が王室のコレクションとともに一般に開かれたものです。展示室を計画するために描かれたユベール・ロベールの「グランド・ギャラリーの改造計画」(1796)には、金色の額に縁取られた絵画が、濃い色の壁面に隙間なく架けられていている様子が見られます。今でも19世紀に建設された美術館へ訪れると、例えばゴットフリート・ゼンパー設計の「アルテ・マイスター絵画館」(1844)では、国家の権威を示すような新古典主義による建築がつくられ、赤や緑といった鮮やかな色の壁面に、人物や風景を描いた具象絵画が上下に重ねて展示されています。その後、20世紀に入り、抽象絵画が描かれるようになるとともに、ホワイトキューブと呼ばれる真っ白な壁面をもった展示室がつくられるようになりました。例えばE. D. ストーンとF. S. グッドウィン設計の「ニューヨーク近代美術館」(1939)では、インターナショナル・スタイルによる白い箱のような建築物がつくられ、白い壁面に抽象絵画が間隔を空けて一列に展示されています。さらに1970年代になると、アーティストがその場に赴き作品を設置する、場所を含み込んだインスタレーション作品がつくられるようになりました。それらと並行して、美術館の機能という面でも、収集、保管、展示、調査研究に加えて、教育普及という役割が一般的になり、近年の国際博物館会議(ICOM)では、さらに美術館(博物館)の定義を更新させるための議論も行われています。そんな美術作品や社会の変化が、美術館や展示空間に影響を与えてきたのです。青森にある5館は、そんな美術館の歴史に連なるように、21世紀に入ってから開館していきました。

PROFILE

佐藤慎也

日本大学理工学部建築学科教授 建築家

1968年東京都西東京市生まれ。1992年日本大学理工学部建築学科卒業。1994年同大学院理工学研究科博士前期課程建築学専攻修了。1994~95年I.N.A.新建築研究所。1996年~日本大学理工学部建築学科。現在、同教授。一級建築士。博士(工学)。
2006~07年ZKM(カールスルーエ・アート・アンド・メディアセンター)展示デザイン担当。2016~17年八戸市新美術館建設工事設計者選定プロポーザル審査委員会副委員長、2017~21年同運営検討委員会委員。2021年~八戸市美術館館長。
専門は芸術文化施設(美術館、劇場・ホール)の建築計画・設計。そのほか、アートプロジェクトの構造設計、ツアー型作品の制作協力、まちなか演劇作品のドラマトゥルクなど、建築にとどまらず、美術、演劇作品制作にも参加。
建築には、「アーツ千代田 3331」改修設計(メジロスタジオと共同、2010年)など。美術・アートプロジェクトには、『+1人/日』(2008年、取手アートプロジェクト)、「としまアートステーション構想」策定メンバー(2011~17年)、「長島確のつくりかた研究所」所長(2013~16年)、『←(やじるし)』プロジェクト構造設計(長島確+やじるしのチーム、2016年、さいたまトリエンナーレ)、『みんなの楽屋』(あわい~、2017年、TURNフェス2)など。演劇には、『個室都市 東京』ツアー制作協力(高山明構成・演出、2009年、フェスティバル/トーキョー)、『アトレウス家シリーズ』(2010年~)、『境界を越えて アジアシリーズのこれまでとこれから』会場構成・演出(居間 theaterと共同、2018年、フェスティバル/トーキョー)など。