「人によって創られる美術館」
現在の八戸市美術館は全館建て替えを経て2021年に開館しました。
新しい八戸市美術館のコンセプトは「出会いと学びのアートファーム」です。アートを通した出会いが人を育み、人の成長がまちを創っていく。作品という「もの」だけでなく、プロジェクトや人の活動によって創り出される「こと」にも焦点をあて、未来に向けて「まちを耕す」ことを目指し、八戸市美術館は始動しました。
全館建て替えでは、展示室や収蔵庫といった設備が整えられただけでなく、館のコンセプトに基づいた設計がなされました。館内の空間は大きく2種類に分けられ、ひとつはさまざまな活動を可能とする「ジャイアントルーム」、もうひとつはジャイアントルームを囲むように並ぶ、専門性の高い「個室群」です。ここでは、各室が具体的にどのように利用されているか、所感を交えながら一部紹介します。
館内で最も特徴的とされる「ジャイアントルーム」は、移動棚やカーテン、家具によって自在に場所をつくることができます。これまでには、開館記念「ギフト、ギフト、」ではパフォーマンスプロジェクトやトークイベント、企画展「持続するモノガタリ」ではあえて仕切りも何もない日や作品展示とともに茶会を開くなど、多様な活動を実施してきました。そんな活動の中、空間が分かれても互いの存在を感じる距離感がそこにはあり、直接の交流に加えて、自然と刺激を与え合う場にもなっています。プロジェクトを行っている傍らで、通りすがりに覗き込む人がいたり、コーヒーを飲みながら休憩している人がいたり。さまざまな目的をもった人が共存する空間そのものも、ジャイアントルームの特徴のひとつといえます。
個室群のうち、メインの企画展示室である「ホワイトキューブ」は、天井高5mの白い壁に囲まれ、幅広いジャンルの作品展示が可能です。開館記念「ギフト、ギフト、」の現代美術を中心とした空間的な展示から一変し、企画展「持続するモノガタリ」では、館のコレクションである油彩画や水彩画、書など、壁面の使用を中心とした展示となっています。仮設壁による会場構成の変化も含め、今後も展覧会毎に雰囲気が大きく変わることが期待できます。
「コレクションラボ」は、グレーの壁に囲まれた約100㎡の展示室です。ホワイトキューブに比べて小規模な本室では、ラボという名のとおり、実験的な要素を取り入れたコレクション作品の展示を想定しています。
コレクションラボに隣接する「ブラックキューブ」は、映像作品のために暗転可能となっており、企画展「持続するモノガタリ」に関連したコレクション関係者のインタビューを収録した映像の上映や、学校連携プロジェクトで制作された作品展示を行いました。
「ギャラリー」は、主に市民が展示活動を行う室で、美術館の「マエニワ」に面した窓と、高さ3.5mの回転壁が設置されています。窓の内戸は開閉式となっており、展示によって外への視線と自然光を選択できるため、作品の見せ方の幅が広がります。今後、人やまちが変わっていく中で、ギャラリーでの展示も変容していくかもしれません。
前述で紹介した他、遮音性・吸音性があり、天井が高い「スタジオ」、創作の機会を生む「ワークショップルーム」、楽屋や控室にもなる「会議室」などからなる個室群は、市民による展示から企画展まで、幅広い活用を実現させることができます。そしてこれらの個室群は、人の交流の場であるジャイアントルームを囲うように配置されています。
作品の展示だけでなく、人によって積極的に活用されるための設計がなされた八戸市美術館は、学芸員にとっても挑戦や模索の場であります。展示する側と観る側で構成されていた従来の美術館のような在り方に加え、人の交流が織りなす「こと」の創出によって、まちがどのように成長していけるのか。今後の活動に注目してもらえると嬉しいです。
平井 真里(ひらい まり)
八戸市美術館学芸員。青森県出身。東京都江戸東京博物館、人間国宝美術館、藤沢市藤澤浮世絵館での勤務を経て、2021年より現職。これまで担当した展覧会企画に「公益財団法人 松竹大谷図書館所蔵 3D浮世絵 歌舞伎組上燈籠の世界」(藤沢市藤澤浮世絵館、2018年)、「広重の竪絵東海道勢ぞろい」(藤沢市藤澤浮世絵館、2018年〜2019年)、「広重たちの情景 初代・二代・三代 —江戸から明治へ—」(藤沢市藤澤浮世絵館、2019年)、「江戸の楽しみ 浮世絵双六と七福神」(藤沢市藤澤浮世絵館、2019〜2020年)、「最強!?相模武士の物語と浮世絵」(藤沢市藤澤浮世絵館、2020年)、「持続するモノガタリ—語る・繋がる・育む 八戸市美術館コレクションから」(八戸市美術館、2022年)などがある。