第二回 街と人をつなぐ建築
文:松本美枝子(写真家、美術家)
国際芸術センター青森(ACAC)での、私の長期滞在制作が始まった昨年の春のこと。キュレーターの村上綾さんが「合間に県内の美術館も行きましょう、〈青森アートミュージアム5館連携協議会〉(※1)も始まりましたし、各館を紹介します」と言う。青森県にいると「羨ましいな……!」と思ってしまうのはこういうところだ。現代美術を展示する美術館が5つもあって、その連携プロジェクトが進んでいる。そこで働く人たちのネットワーキングもある。これは他県では、なかなかないことではないか、と思う。
さっそく5月に、村上さんと弘前れんが倉庫美術館に行くことになった。この建築は弘前の近代産業の面影を残した煉瓦倉庫に、建築家の田根剛さんが新たな息を吹き込み、2020年に美術館として生まれ変わったものだ。この倉庫は弘前のシンボルのひとつ、りんごとも関わりが深く、さらには弘前出身のアーティスト、奈良美智さんの展覧会が3回開催されたところでもある。この街のさまざまな記憶と重要な情報が重層的に刻み込まれ、なるべくして美術館になった場所なのだろう。
美術館では学芸統括の石川達紘さんに案内してもらい、2021年度春夏プログラム「りんご宇宙―Apple Cycle / Cosmic Seed」を鑑賞した。展示構成の中盤で〈弘前でりんごに出会ったことから発想し〉たという、ケリス・ウィン・エヴァンスの巨大なネオン彫刻が輝く。この展覧会及び次回展「りんご前線―Hirosaki Encounters」は、二つの会期を通してこの彫刻を展示しながら、異なるテーマと作家とで構成される試みなのだという。鑑賞しながら、村上さんが出品作家の一人潘逸舟さんが青森市内で高校生だった時にACACによく来ていたというエピソードを教えてくれた。
10月の滞在制作時には「りんご前線」も見に行った。引き続き展示されているケリス作品が発する光を隣で受けながら、人間が思い描く宇宙の果てのようにも、あるいは津軽の大地のようにも見える斎藤麗さんの作品、それに自身のルーツとこの街の歴史が交錯する小林エリカさんの作品、そして建築家・前川國男のアーカイブなどを含んだ、弘前の街と関わるプロジェクト展示「弘前エクスチェンジ#04」などがそれぞれ印象的だった。
この日の少し後、ACACで、ワークショップ「ACACの写真部」を行った。そこで、弘前れんが倉庫美術館で見た前川建築のプロジェクションがよかった、という話をした。なにしろ弘前は8つの作品が現存する、前川建築の聖地なのだ。すると弘前から来ている濱中さんが「じゃあ、いっしょに前川建築を見に行きましょうか」という。さっそく写真部のかれんちゃん、そして建築写真が大好きな大学生、藤本くんと一緒に行くことになった。
10月の終わり。弘前にやってきた私たちを濱中さんが迎えてくれた。まずは前川國男の代表作である弘前市民会館、弘前市立博物館、弘前市庁舎を見て歩く。レンガやコンクリートの使い方、植栽との調和、照明や壁面など内観のデザインなど、見どころを濱中さんに聞きながら、私たちは写真を撮った。
前川建築以外にも弘前には、歴史的な建造物がたくさんあるのだと、さらに濱中さんの街歩きは続いた。ほど近くの藤田記念庭園洋館の喫茶室も、小林エリカさんの作品にも登場していた旧第八師団長官舎のなかにあるコーヒーチェーン店も、大人気で入れなかったけれど、見られただけで満足だった。さらには古い寺が数多く残る禅林街、そして弘前出身の大工、堀江佐吉が建てた旧第五十九銀行本店本館まで、濱中さんは案内してくれたのだった。
気づくとあたりはすっかり暗くなっている。すばらしいツアコンによる弘前の名建築巡りもそろそろ終わりだ。今日の一日は、私たちに弘前の街をよく見せてあげようという濱中さんの優しさだったんだな、と歩きながら思っていた。
きっと弘前が、住んでいる人にそうさせる街なのだと思う。弘前城を含め近世の、及び明治以降の建造物。さらには前川建築へと至り、今の弘前れんが倉庫美術館まで連なる、この街の優れた建築群の系譜。そしてその内側で展開する文化や記憶までも大事にする、という土壌がある。
―建築と街、文化がこれほど丁寧に接続されている地方都市は多くはない。そしてどんなにすばらしい文化も、時間をかけて残らなければ後世には伝わらない。日本の多くの都市と違って、弘前は第二次世界大戦で空襲を受けなかった。そうした幸運も含めて、この街はかけがえのない街なのだ。
また来よう! と話しながら、私たちは夕暮れの弘前を後にした。
※1 青森県立美術館、青森公立大学国際芸術センター青森、弘前れんが倉庫美術館、八戸市美術館、十和田市現代美術館、青森の5つの美術館・アートセンターが連携し、青森のアートの魅力を国内外に発信するプロジェクト松本美枝子
写真家、美術家。人々の日常、人間や自然の「移動」をテーマに、写真とテキスト、映像による作品を発表している。近年では拠点「メゾン・ケンポク」を企画運営し、地域に場を開きながら、活動拠点の茨城でリサーチ過程を共有しながら自主プロジェクトを展開する。また主な展覧会に個展「ここがどこだか、知っている。」(ガーディアン・ガーデン、東京、2017年)「ヨコハマ・パラトリエンナーレ」(横浜、2020年)など。2021年度、国際芸術センター青森で長期の滞在制作中であり、2022年度春に個展「具(つぶさ)にみる」を開催予定。著書に写真詩集『生きる』(共著:谷川俊太郎、ナナロク社、2008年)など。